事例1-6 バスで暴れて逮捕されてしまった

普段乗り慣れたバスに一人で乗るFさん(24歳男性)。グループホームで生活をしています。運賃もしっかりと払い、降車ボタンも押し、他の人となんら変わりなくバスを利用していました。ところが、ある時期からバスの中で奇声を発するようになり、それがどんどんエスカレートするようになりました。ある日、車内で大暴れしてバス内の壁を壊してしまいました。運転手はすぐに警察に通報しました。バス会社は支援者に対し、「今後Fさんを一人でバスに乗せないようにしてください」と求めてきました。しかし、Fさんは一人で乗る事にこだわります。支援者としてはどのように対応したらよいでしょうか。また、Fさんが器物損壊罪で逮捕されてしまった場合、担当弁護人となった弁護士としては、どのような弁護活動をしたらよいでしょうか。

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事例の意図

障害のある方が地域で暮らすなかで「加害者」となり、「警察沙汰」となってしまう場面があります。このようなとき、福祉の支援者と担当弁護人が緊密に連携して、丁寧なアセスメントを実施し、周囲の理解を得ながら、本人が地域でその方らしい暮らしを続けられるようなプランをともに考えていく必要があります。

福祉の視点から

障害のある人が地域で暮らし様々な社会参加をする過程で、事例のような出来事が起こることもあると思います。ここでバスの乗車を制限したり、必ずガイドヘルパーをつけたりするような方向で問題解決を図ろうとすると、本人のエンパワメントも社会が障害のある人を受け入れる力も後退してしまいます。ノーマライゼーションとはこのような出来事を一つひとつ乗り越えていくプロセスでもあります。
基本的な視点として支援者の役割は、この行動がどういう内容のものか専門的な視点で見立てて対応を考えることと、この出来事を関係者に分かりやすく説明し対応も含め理解を広げていくことかと思います。その際に重要なことは、この出来事が関係者や地域が障害のことを理解するための良いチャンスでもあるというポジティブな発想です。ネガティブな発想では、よいアイディアを生み出すことも地域を巻き込むこともうまくいきません。
具体的な対応として先ず、本人が警察署等で身柄を拘束されている場合は、弁護士さんに連絡し司法的なアドバイスを得ます。(日頃から地域の弁護士さんなどの社会資源を開拓しておくことも必要です)
次に、バス会社を訪問して、事情をよく聴いて今後の対応について説明します。壁の修理については本人の責任と思われますが、施設を利用する方であれば施設の保険がカバーしている場合もあります。
そして、今回の出来事がどのような状況でどんなことが起こったのか(5W1H)をアセスメントします。場合によっては同じ時間帯に本人も同行し情報収集します。その上で、出来事の背景や原因について仮説を立てます。仮説を立てたら本人の特性を考えながら対応について検討します。ここでは本人をよく知る家族や支援者が専門性を発揮する場面です。
対応を考えたら、警察やバス会社へ説明にうかがい対応について理解と協力を得ます。例えばこの事例では、しばらく支援者・家族が同乗または離れて乗車し本人の奇声や暴れた原因を調べさせてもらい、その上で対応について考えます。
実際に、一定期間やってみて結果を検証し問題なく一人で乗車し行動できるようであればバス会社に報告し、一人での乗車について理解を得ます(もし、奇声がおさまらないようなら継続して取り組みます)。また、本人の理解のための情報や対応について、緊急連絡先などをも伝えます。当面は離れて乗車したり、定期的に乗車したり運転手さんから聞き取りをしたりしてフォローアップを行います。
また、奇声の原因や本人の能力に応じて、本人が出来る対処方法がある場合は検討することも大切です。「イライラした場合は○○をする」など、トレーニング行うことで身につけられることがあるかもしれません。

司法の視点から

弁護人としては、不起訴をめざして、被害者であるバス会社との示談をまとめようとするでしょう。バス会社の要求に沿って、F さんに「今後、一人でバスには乗りません」と何とか誓約させようとするかもしれません。不起訴(身体拘束からの解放)を優先しなければならない場面では、そのような判断もやむを得ない場合があるかもしれません。
しかし、「今後一人でバスに乗ってはダメだよ」と F さんを説得する前に、本当にそれでよいのかと立ち止まって考えてみませんか。F さんは、一人でバスに乗ることにこだわりのある方のようです。一人でバスに乗れなければ、行動範囲は一気に狭まってしまいます。また、支援者が横についているのと一人でバスに乗るのとでは全く違うでしょう。一人でバスに乗ることにこだわるのは、F さんにとってはとても大事なことです。ご本人のアドボカシー(権利擁護、代弁)という視点からは、F さんの権利を護る立場にある弁護人として、「一人でバスに乗せないように」というバス会社からの要求に安易に屈することなく、「F さんが一人でバスに乗れるようにするにはどうすればよいか」という視点からも考える必要があるのではないでしょうか。
その上で、被害者(バス会社)や検察官の理解を得るには、同じようなトラブルが起こらないようにする具体的なプランを考えなければなりません。これを弁護士だけで考えることは困難でしょう。まずは、F さんをよく知る支援者の協力を得て、丁寧なアセスメントが必要です。
弁護人は、支援者と連携し、上記の「福祉の視点」で述べられているようなアセスメントに基づく仮説と具体的な対応を、弁護人の報告書などにまとめて、バス会社の理解を求める必要があります。
さらに、F さんがこれまでは問題なく一人でバスに乗れていたこと、今回の事件は F さんの障害特性と特別な事情(これは丁寧なアセスメントにより仮説を立てます)により生じたものであること、今後は支援者のサポートにより具体的な対応策が講じられていることなどを意見書にまとめて検察官に提出し、不起訴を求めていくことになるでしょう。
これらの活動を限られた期間で実行するためには、F さんをよく知る支援者との緊密な連携が不可欠です。