事例2-1 夫に給料を自由に使わせてもらえないA子さん。事業所の職員として何ができるでしょうか。

精神障害のあるA子さんは夫のB男さんと2人暮らし。就労継続支援A型の事業所に勤務しており、月々8万円程度の収入を得ています。
ある時、A子さんから事業所の職員に対して「新しい洋服がほしいのに、B男さんがお金を渡してくれない」と相談されました。しかしB男さんは公務員で定収があり、特に生活に困っているということではないはずです。
話をよく聞いてみると、A子さんの給与振込先となっている銀行口座の通帳はB男さんが管理しているとのことでした。このため、A子さんは自分の貯金を自由に出し入れできないようです。事業所の職員としては「A子さんがせっかく自分で稼いだお金なのに自由に使うことができないのでは本人の働く意欲も低下してしまうのでは」と心配なのですが、一方でB男さんが「A子さんがせっかく稼いだお金を浪費してしまうのではないか」と心配する気持ちも解ります。
事業所の職員として、夫婦の家計にまで立ち入って良いのでしょうか。

事例の意図

本事例では、①A子さんの財産の使い方はA子さんが決めるべきだ、という基本的な考え方と、②そうは言っても、見通しをもって支出しなければ、A子さんが後々困るのではないか、というB男さんの心配とが対立しています。
また、この問題に誰が関与すべきか、という視点から見ると、①家計というプライベートな問題なので、A子さんとB男さんの2人で解決できればよいのですが、②A子さんの様子からすると、第三者が問題に関係する必要があるようにも思える場面です。
A子さんの収入のことに、誰が関与し、どのような立場からアプローチするか、それをどのように決めるのがよいかについて考えます。

支援者の視点から

まずはご本人の意思を確認してみましょう。夫婦の会計に立ち入ることにニーズがあれば、ご本人の支援の中でご家族の協力を得ていくことも可能なのではないでしょうか。反対に、ご本人にニーズがなければ夫婦間の家計に踏み込むことは難しい場合もあります。立ち入ることにニーズがある、もしくは立ち入ることが本人の病状安定に役立つと思われる場合には専門職としてのかかわりの範疇になってくると考えられます。実際にご家族からお話を伺うことでA子さんの視点からだけではない情報が得られ、より正確な環境把握が可能にもなってきます。
事業所はご本人を支援するにあたり、利用開始の際に、必要時には関係機関や家族に連絡を取り情報を共有する旨の同意をとっています。家族関係やご本人の状態にもよりますが、必要時には家族ともお話をさせていただくことは多いです。まずは、B男さんに事業所に見学に来ていただいたり、事業所でのA子さんの様子を知っていただくよう職員から積極的に働きかけるところから、事業所の職員とB男さんの関係を構築していくことができるでしょう。関係が構築できれば、多少立ち入った内容を聞いても、お互いの考えていることを伝えたり状況を正確に把握することができるはずです。家族の考え方や見方が変わることで、金銭の問題についての解決が期待できるだけでなく、A子さんの症状に変化が見られることもあるかもしれません。家族心理教育(FPE; Family Psycho- Education)の機会があれば参加を働きかけてみるのも良いでしょう。家族心理教育の効果は本人の再発率において効果があることが証明されています。

(地域活動支援センター 職員)

弁護士の視点から

夫婦であっても、原則としては、個人で稼いだお金は個人のものです。もっとも、夫婦として共同生活を営むためには、家賃や食費、子どもの教育費など、夫婦が協力してお金を出し合わなければならないことがあるのも事実です。このことに対応して、法律上、夫婦には、共同生活のために必要な支出をする義務(「婚姻費用分担義務」といいます)がある、と定められています。それぞれがいくら支出する義務があるかについては、資産・収入など一切の事情を考慮して定める、とされていますが、この事例では、A子さんの収入が月8万円である一方、B男さんは公務員としてある程度の定収があるということですから、共同生活のための費用は、B男さんが主に支出する、ということになるでしょう。そうすると、やはり、A子さんが稼いだお金はA子さんのものであって、B男さんがA子さんの金銭を管理する法的根拠はない、というのが法的結論であり、この問題の出発点です。
しかしながら、A子さん自身に金銭管理が不得意であるという特性があるのであれば、周囲の目からみれば、不用意なお金の使い方をするA子さんが危なっかしくてたまらない、A子さんのためを思ってなんとか介入したい、と思う場合もあるでしょう。他方、A子さんご本人に支援を受け入れる気持ちがない場合には、A子さんご本人の同意のないままに、誰かが勝手にA子さんのお金を管理することはできません。まずは、A子さんご本人に対して、A子さんはお金の使い方があまりうまくないことの自覚を促し、管理を手伝った方がA子さんのためになるということを、言葉を尽くして説明し、A子さんの納得を得ることを試みてください。
それから、A子さんは本当に金銭管理の能力がないのか、ということは、慎重に確認しておく必要があります。B男さんが過剰に心配しているだけのこともありますし、場合によっては、B男さんのA子さんに対する経済的虐待(DV)であると評価するべき状況も、十分ありうることです。ですから、本当にB男さんがA子さんの給料を管理する必要があるかどうかについては、慎重に判断するべきです。また、A子さんはお金の管理が苦手だとしても、正しい使い方を教わることで、自分で管理ができるようになるかもしれません。障害のために、A子さんはできない人だと決めつけてかかるようなことは、絶対にあってはなりません。

(弁護士 髙橋春菜)

用語解説

  • 就労継続支援A型とは
    企業等に就労することが困難な障害のある方に対して、雇用契約に基づく生産活動の機会の提供、知識および能力の向上のために必要な訓練などを行います。
  • 家族心理教育(FPE; Family Psycho- Education)とは
    病気や障害そのほかの問題を抱えている方のご家族に必要な知識や情報を知ってもらう機会を広げ、どう問題に対処するかを協働して考えることで、ご本人やご家族が自分たちの問題に取り組みやすくなり、何とかやっていけるという気持ちを回復する支援法のひとつで、実証的効果も確認されています。精神科クリニックや日中活動支援機関、家族会などで開催されています。(「心理教育・家族教室ネットワーク」ウェブページより一部引用)

参考リンク