事例1-8 パニックになり通行中の女児に怪我をさせてしまった

軽度知的当事者。男性。20歳のHさん。街を歩いていたら、数人の高校生達にからかわれパニックになってしまい、わけもわからず、近くを歩いていた3歳の女の子を突き飛ばし、頭を縫う怪我をさせてしまいました。女の子の母親はすぐさま近くの交番に訴え、警官数人がHさんを取り囲み厳しい口調で問い詰めました。Hさんは、高校生達にからかわれたことばかり話し、自らが突き飛ばした女の子との事はまったく話そうとしません。女の子の母親は、高校生の話ばかりするHさんに反省の色がないと激怒。この場合、どう対応すればよいでしょうか。

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事例の意図

事例のようなケースの場合、関係者の目は被害者に行きがちで、H さんの、「高校生にからかわれて辛かった」という気持ちは無視されかねません。受け入れてもらえなかったという実感は、H さんが同じことを繰り返してしまう要因となることもあります。H さんの今後も含め、被害にあわれた方への対応を考えたとき、どのような人が、どのように関わっていくのがよいかを検討しなければなりません。

福祉の視点から

● 当事者への対応

支援者としては、まずは、女の子とそのご家族に対して、ともかく謝罪することになると思います。小さな子どもが重大な怪我をしてしまっているので、間に入る者として、それなりの誠意を見せることは大事なのではないかと思います。また、刑事事件に発展する可能性があるときは、専門家である弁護士の指示を仰ぐとよいでしょう。
H さんに対する対応としては、ソーシャルスキルトレーニングなどの手法を活用してこんな場合にはこのような行動をしよう ! といったトレーニングを行うことが考えられます。たとえば、パニックになる前に自分を抑える行動がとれるようになれば、今回のようなケースは生じにくくなるでしょう。その他にも、実際に相手が怪我等をしてしまったときのために、賠償責任保険に入っておけば、いざというとき、H さんにかかる負担を軽減することが出来ます。

● 地域の理解を得るために

また、今回の事例では、高校生達が H さんをからかったことが、事件の発端となっています。もし、その高校生達が通っている学校が分かれば、その学校の管理職の方に働きかけて、その高校に通学している高校生に対して障害の理解・啓発をしてくれるようお願いすることが考えられます。このような啓発教育は、長い目で見れば、同様のケースが起こることを防ぐことに繋がるのではないかと思います。
さらに、H さんを取り囲んで事情を聞いていた警察官にも、H さんの障害に対する無理解が窺えます。H さんが利用している福祉事業所が核となって、地域の福祉事務所のネットワークを使い、普段から、交番や警察署を訪問し、警察官達に障害特性を理解してもらうのも重要だと思います。また、何かトラブルが起きた時に、すぐ警察官に事情を察してもらうためにも、普段からヘルプカードや療育手帳を携帯しておくよう指導することも重要です。
H さんが今後安心して暮らしていくためには、H さん自身の課題を発見・解決していくアプローチと、被害者を含めた地域の方々の障害理解を促進していくアプローチの双方が重要となります。これらを円滑に進めていくためには、関係機関が集まって支援会議を開き、問題解決のための話し合いを重ねていくことが望ましいと思います。

司法の視点から

● 支援者から専門家への相談

被害者への対応ですが、第三者が間に入ることで、被害者との感情的な対立を避け、H さんのケアに力を注ぐことが出来るのではないかと思います。具体的には、被害者側に対しては「被害者支援都民センター(03-5287-3336)」を紹介したり、法テラスでの精通弁護士紹介制度を利用して被害者支援に詳しい弁護士に繋いだりする方法が考えられます。
次に、H さん自身への弁護士の手配ですが、万が一 H さんが逮捕されてしまった場合には、「東京三弁護士会 当番弁護士センター(03-3580-0082)」を通して、無料で当番弁護士の派遣を依頼できます。勾留後は、被疑者国選に切り替えることも出来ます。
また、法テラスの無料法律相談は、刑事手続そのものに関する相談には利用できませんが、「被害者から損害賠償請求を受けた」といった場合のように、民事事件としての相談に該当する場合には、収入・資産が一定の基準を満たせば、30分の無料相談を3回まで受けることが出来ます。いずれのセンターも、東京だけでなく各地に類似した相談機関(被害者支援センター、地域の単位弁護士会)があり、同種の相談を受け付けています。

● 刑事弁護人としての対応

被害者の側からすれば、H さんの行動は身勝手なものとしか映っておらず、無理に示談交渉を進めることは、かえって被害感情を悪化させるおそれがあります。弁護人としては、被害者の方に H さんの障害を理解して頂くために、丁寧な説明を根気よく続ける必要があります。その際には、医師の意見書や、更生支援計画などを参考にして、なぜ本件のような事件が起こったのか、今後はどうして起きないといえるのかということを丁寧に説明する必要があると思います。H さんと実際にお話を重ねて、H さんの特性を理解しようと試みることは重要ですが、弁護士は医療や福祉の専門家ではないので、1人で即断せず、支援者の方々に協力を仰ぎながら、慎重に判断しなければならないと思います。
また、不起訴処分を獲得する上では、捜査機関(特に検察官)への働きかけも重要ですので、被害者対応と同時並行に、捜査機関に対して H さんの障害を説明していく必要があります。

用語解説

●当番弁護士制度

逮捕された方(少年も含む)に一度無料で弁護士が駆け付けアドバイスする制度。逮捕されたら、警察官、検察官又は裁判官に「当番弁護士をお願いします。」と言ってください。ご家族などからも依頼することができます。

●被疑者国選

被疑者段階で、裁判所が弁護人を選任すること、または、その弁護人。通常、国選弁護人への報酬は国が負担します。被告人段階にも国選弁護人制度は用意されており、国選弁護人がつく犯罪とそうでない犯罪とがあります。なお、自分で報酬を支払って弁護人をつけること(私選弁護)は、いつでも可能ですが、本人や身内等から、直接弁護士に連絡を取る必要があります(当番弁護士を私選弁護人とすることも可能です)。

※東京三弁護士会では、障害者の刑事弁護に詳しい弁護士の名簿を作り、障害のある被疑者について、この名簿に載っている弁護士が派遣される制度が始まりました(平成26年4月開始)。