2015.05.20定例会 家庭内で虐待が疑われる場合,施設職員としてどのように対応すればよいか

 

【事例】

私は,生活介護の通所施設で働いています。当施設の利用者には,私が担当しているAさんという32歳の女性で,愛の手帳3度を持っている方がいらっしゃいます。

先日,私は,Aさんの体に痣があるのを見つけました。本人にどうしたのかと尋ねても,答えは返ってきません。痣は,背中にあって,何かにぶつかったり,どこかで転んだりしてできるものには思えません。周囲の職員に聞くと,私が痣を見つける少し前から,Aさんと親御さんとの関係がぎくしゃくしている様子があったということでした。もしかしたら,家庭内で何か起きているのではないかと思います。

そこで,私は上司と相談して,Aさんの担当のケースワーカーに連絡したのですが,「しばらく様子を見る」といって何も調査をしてくれません。しかし,Aさんの痣は明らかに不自然です。どうすればいいでしょうか。

【事例の意図】

障害者虐待は自ら被害を訴えにくく,潜在化しやすいため,支援者が兆候を見逃さず適切な支援につなげていくことができるかどうかが大変重要です。本事例のように家庭内で虐待が疑われる場合,施設職員としてどのように対応すればよいか難しい判断が求められますが,事態が深刻化する前に対応できるようにする必要があります。

【検討結果】

検討会で議論をしたところ,様々な意見が出されました。代表的なものをご紹介いたします。

-甲さん(福祉事業所職員)の意見-

痣があって家庭内がぎくしゃくしているからといって,親御さんから暴力を振るわれたとは限りません。例えば,路上を歩いていたところ,小学生から野球ボールを投げつけられたのかも知れません。同じ施設に通っている人と取っ組み合いのケンカをしてついた痣かも知れません。

また,仮に親御さんからの暴力があったとしても,自治体を説得するには証拠が必要です。

先ずは,Aさんに何が起こっているのかを確認する必要があります。

「ぎくしゃくしている」というのは具体的にどのような状態なのか,痣はお医者さんの目から見ても誰かに殴られた痣といえるのか,虐待が疑われるかどうかを判断するためにはもっと情報が必要です。

情報収集の方法としては,ご本人と話し合ったり,他の職員や利用者さんから聞き取りをしたり,医療関係者に繋いで痣のでき方を確認したりするほか,施設の管理者から親御さんに「この怪我はどうしたのですか?」などと尋ねてみたりすることが考えられます。親御さんが自宅への訪問を拒んだり,説明がつかないことを言ったりすれば,それは危険だとうサインです。施設内部で支援者を孤立させないほか,関係各機関が連携して情報を共有しながら対応して行くことが必要です。

何が起きているのかを調べた結果,虐待の疑いが消えれば問題ありません。虐待の疑いがある場合には事実関係を整理した上で,証拠になるものを添え,改めて担当のケースワーカーではなく,障害者虐待の通報窓口である,虐待防止センターに通報します。通報した後は,センターと連携しながら,Aさんの安全の確保や親御さんへの働きかけを行ってゆくべきでしょう。

-乙さん(弁護士)の意見-

甲さんのご意見のように「通報する前にまずきちんと調査をしましょう」というのは,一見とても丁寧な対応かもしれませんが,このケースのように虐待が疑われるケースの対応としては疑問です。施設の側で本当に緊急性を適切に判断することができるのでしょうか?もしこのまま,Aさんを自宅に帰してしまい,その日の夜に親御さんからの暴力で命を落としてしまうようなことがあれば取り返しがつきません。

この設問では担当のケースワーカーに連絡をしていますが,ケースワーカーではなく,市区町村の虐待防止センターに対して,施設の責任者から,直ちに,虐待疑い案件として正式に通報すべきです。

その際には,Aさんの一時保護を働きかけることも考えられます。事実確認はAさんが安心して生活できる環境を整えてからでも遅くはありません。

確認した結果,何事もなかったとしても,誰かが取り返しのつかない被害を受けることはありません。設問のような局面では,Aさんの安全を優先させるのが適切です。

障害者虐待防止法は,虐待を受けたと「思われる」障害者を発見した者は,速やかに市町村に通報しなければならないと定めています(障害者虐待防止法7条1項)。事業所は,疑わしいと判断したら速やかに通報する義務があり,事実確認は通報を受けた市区町村の責任で行います。事業所が丁寧に事実を確認しようとするあまり,聴き取りや証拠集めに時間がかかり,通報が遅れ,その結果ご本人の救済が遅れることは避けなければなりません。

-丙さん(児童相談所職員)の意見-

乙さんの言うとおり,「疑わしきは保護」は,虐待対応の基本だと言われています。

ただ,児童虐待の現場に置き換えて考えてみると,実務的な問題として,これだけの情報で直ちに一時保護に踏み切った場合,現場では相当な混乱が起きることが予想されます。

虐待の通報窓口の職員ではなく,まずは施設の管理者が親から丁寧に事情を聴取すべきではないでしょうか。